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名古屋高等裁判所 昭和28年(う)29号 判決 1953年6月30日

控訴人 被告人 東邦石油株式会社 代表者 取締役 吉川貫一

弁護人 相沢登喜男 外一名

検察官 片岡平太

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人相沢登喜男、同堀部進両名連名の控訴趣意書記載の通りだからこれを引用する。

同論旨(イ)点について

よつて記録を調査するに本件起訴状公訴事実中「被告人等は外三名と共謀して云々」とある部分の被告人等の文字を漫然通常の用語例に従つてその前段に見える被告等全部を指すものと解するときはなるほど所論の通り、被告会社がその役職員である原審相被告人等四名外三名と共同して本件物価統制令違反の所為を敢行したという如き不可解な記載となるも、右公訴事実の全体を通覧すれば、同起訴状の罰則のくだりに掲示の物価統制令第四十条の規定を照合するまでもなく、本件起訴状で被告会社に対する公訴事実とするところは原審が適切に解釈判示している通り被告会社の役職員たる前記相被告人等四名外三名の共謀の事犯につき被告会社の責任を問わんとしたものと解すべきは当然で所論は結局起訴状のいささか不用意な措辞を捉えて被告会社に対する訴因の不明確を主張しようとするもので独自の見解として到底採用の余地はない。

同論旨(ロ)点について

記録並に当審で取調の被告会社登記簿謄本によれば本件起訴当時被告会社の代表取締役であつた千田謙三は原審の第二回公判期日と第三回公判期日との間に辞任しその旨登記せられているのに、原審はその第四回公判期日の冒頭で被告会社の弁護人より申出でがあるまでこれを知らず出席の千田謙三を被告会社の代表者と誤信して審理をすすめていたため、結局原審第三回公判は被告会社に関する限りその代表者若くはこれに代る代理人の出廷なしに不法に開廷せられた違法があることとはなるが、同公判には先に被告会社の弁護人に選任せられていた当審弁護人相沢登喜男、堀部進の両名共出席し、異議なく審理に応じているものである上右第三回の公判期日に於ては検察官より起訴状中の一部記載の趣旨の釈明と同公訴事実本文中にみえる日附を添附別表中記載の日附と一致する如く訂正せられているだけで、記録全体からみて、到底前記開廷の違法が被告会社に対する原審判決に影響するところがあつたとは認められぬので結局本論旨も理由がない。

論旨(ハ)点について

論旨は原審の量刑を過重失当とするものであるが本件は前後六十四回に亘る物価統制令違反の事実で、統制額超過代金額は合計八百万円余に達し居り、これによる被告会社の不正利得も相当額に及び所論の事情を参酌するも被告会社に対する原審の量刑(罰金三十万円)には何等過重の廉はなく本論旨も亦理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条に則り主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 河野重貞 裁判官 赤間鎮雄 裁判官 山口正章)

弁護人相沢登喜男外一名の控訴趣意

原審判決につき次の三点について御検討を賜わりたい。

(イ)原審公判廷に於ては被告人は一切罪状を認めているが本件起訴状によると被告人東邦石油株式会社は以下各自然人の被告人の業務の内容を示し被告人等は外三名と共謀し被告会社の業務に関し之が代金を受領し又は受領の契約をなしたものであるとなつている。元来刑事訴訟法上被告人という場合には自然人及び法人を意味すること今更論ずる迄もない。本件に於て被告人等は共謀して会社の業務に関し云々となつている以上被告人が果して刑法第六〇条の所謂共犯に入るものか或は起訴状にある物価統制令第四〇条により自然人の各被告人の行為に対し被告人が刑事責任を負担すべきものであるとの趣旨にて起訴せられたものかについては何か釈然としない点がある訳である。原審判決はこの点に対しては各自然人の共犯として認定し被告人に対し物価統制令第四〇条を適用し判示した。元より原審判決のこの点についての結論に対し何の異論もない訳であるが果して本件の起訴状より当然に原審判決の結論が生み出され得るやは大いなる疑問とせざるを得ないのである。

元来刑事訴訟法第二五六条によれば公訴事実は訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するにはできる限り日時場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならないとなつているが果して本件起訴状の被告人に対する起訴事実は右の法条の要求に応じているであろうか、原審判示の如く被告人は被告会社の代表者従業員等が被告会社の業務に関し本件違反行為をなしたものであると記載すべきであろう。斯く記載して始めて右訴因の問題が解決せられるのである。斯くの如く原審判決はこの点に於て大なる疑問点が残されているのである。これは要するに刑事訴訟法第三七八条第三号或は第四号に違反したものではなかろうか。

(ロ)刑事訴訟法第二七条には法人が被告人である場合にはその代表者が訴訟行為を代表すると規定している。その代表者とは元より商法の規定により定められ且つ登記された者でなければならぬことも問題はない。さて本件に於て被告人の代表者は千田謙蔵であることも記録七三丁によれば昭和二十五年三月八日付の登記簿抄本によれば正しく千田謙蔵であり起訴状は正しい代表者が掲げられている。然し原審に於ての公判期日は、第一回昭和二十五年十二月二十三日、第二回、同二十六年二月一日、第三回、同年三月八日、第四回、同年四月十四日の順により開廷せられ第四回の公判期日に於て被告人の代表者が変更になつた旨を弁護人より上申しその結果裁判所より名古屋法務局に照会しその結果として昭和二十六年四月二十日付の登記簿抄本によれば吉川貫一と変更せられたことが証明出来たのである。

果して然らば右吉川貫一は何時被告人の代表者に就任したものであるかは法的には何の結論も生れないのである。第五回以後の公判廷に対しては何の疑問も起らないが少くとも第四回迄の開廷には或は千田謙蔵が被告人の代表者としては無資格者であつたかも知れない。少くとも積極的に代表者であるとは結論し得ないのである。斯くの如きは訴訟手続に法令の違反がある場合に該当しその違反は判決に影響を及ぼすことが明かである場合であるものと思料する。

(ハ)本件は原判決が明らかに判示している如く各自然人の被告人に対し全部執行猶予の判決を下し理解ある判断を下したのであるが当審に於ても次の諸点を綜合せられ被告人に対する罰金三十万円に対し再検討を賜わりたい。

a昭和二十五年十月十一日の最高裁判所大法廷に於ては本件の如き事案に対しあく迄も有罪判決の結論を下しているがその間にあつて三名の裁判官の反対意見があり必ずしも全員一致の見解でない以上当審に於て右三名の裁判官に同一若しくはこれに近い意見があつたとすればそれは量刑の点について大いに御批判を賜わりたいのである。

b本件の取引が主に京都市及び漁村に売却せられたことは原審記録により明らかである如く終戦後の社会のために大いに貢献したことは今更説明するまでもない。元より被告人の利得もあつたがこれは総て被告会社の従業員の月給にあてられその間に何の不自然も感ぜられないのである。

c元来古くより経済犯に対して大審院は国民感情を取入れ事実の認定或は量刑について考慮に入れ罪刑法定主義の思想を或る程度排斥しているが本件についても現在の油類の実情を検討して見るなれば所謂国民感情より見て何処までも本件を処罰しなければならない理は遂に発見し得ないのである。

何卒当審におかれては右のa・b・c・の諸事情を綜合せられ刑の量定に対し御考慮を賜わりたい次第である。

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